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2013.03.01 お疲れさま
会社から帰ってきたら、こんなことに。

20130301_193403.jpg  …………。


真っ白に燃え尽きています。。昨日もふもふしすぎたかなー。お疲れ様、まる公(^^;
私も明日はお休みです。お疲れ様~自分。


さて、弥生です。空気もかなり緩み、何だかうきうきしますね。
東京では梅の花も満開に。とてもいい香りを漂わせています。

春が巡りくると春の、夏が来ると夏の、秋が来れば秋の、冬には冬の風景を小説に織り込みたくなります。
たった一日、時には一時間の物語を長編にできる力のある作家さんはおられます。けれど私にその実力はないし、何より日本の四季が大好きなのでどうしても描きたくなりますね。
そんな訳で過去作を見ると、いつ書いていたものか大体判ってしまったり(笑)

求職中は300枚くらいの長編を一ヶ月半ほどで書き上げていました。短編は約二週間かな。
でも今は会社もあるので短編すら何ヵ月もかかっている状況です。書くことは義務ではないし、対価も発生しないので何の差し障りもない……のですが、それもちょっとつらいところ。
しかし考え方を変えれば、自由だー!! でしょうか(^^; 書きたいことを書きたいように書きたい時に書ける。そこにいつまでも甘んじている気はありませんが、今の状況も楽しんでしまえばいいのかもしれませんね^^

金曜夜はゴールデンタイム、これからぽちぽち小説を書くことにします!
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2013.02.11 早春のたより
や、冬梅の匂ひの聞え候。いずくにか候らん。
謡曲『巻絹』の一節ですね。

関東では梅の花がほころび始めています。寒いながらも春の訪れを感じますね^^

さて、ふと思ったのですが、日本人は梅の姿の見えないままに香りだけ漂いくるというのを好む様です。
や、花の香の聞え候、というのは謡曲『弱法師』です。この曲の場合、シテは盲目ですからこの説に当たらないかもしれません。
が、四字熟語に暗香疎影という言葉があります。暗くて見えないけれど香りがして、障子には梅の枝の影が映っている、そんな情景です。これも能に通じる見えない美学、なのでしょうかね?

和歌などで『花』というとたいてい桜ですが、『花』に『香』がつけば梅です。平安も初期であれば桜より梅の方が人気だったとか。
雲の様に溢れんばかりの花をつける桜は華やかですが、梅にも捨てがたい魅力があります。
枝振りを見せながらそれを彩る様に咲く白や紅の花。つぼみがややほころびかけたところなども何とも言えない風情がありますね。

そういえば最近『思いのまま』という白梅と紅梅が同じ枝につく品種をよく見かける様になりました。園芸品種なのでしょうけれど、あれは綺麗ですね^^

水戸の偕楽園にまではちょっと行けませんが、東京でも小石川後楽園、湯島天神など何ヵ所も梅見スポットがあります。
甘酒など飲みつつ、のんびり散策してみようかと思っています♪
NHK大河ドラマ『八重の桜』、始まりましたね^^
ちょっと効果音が大き過ぎる気がするものの、なかなかの滑り出しだと思います。

アメリカ南北戦争のシーンで幕が開きました。どういう繋がりなんだろう、と思ったら、砲術。八重は鉄砲少女です。なるほど巧いな、と唸らせられました。
南北戦争と交錯しながら会津戦争のシーンへ。若松城が砲撃を浴びたのを見た時には本気で泣きそうになりました。あの美しく気高い会津の城が。。嗚呼、荒城の夜半の月。若松城は『荒城の月』の舞台の一つとされているんですね(>_<)


ストーリーを追うのは発売中の公式本に任せておいて。
これから鉄砲がたくさん出てくるでしょう。そして戊辰戦争の悲劇を生んだあの忌まわしい武器も。
エンフィールド銃。別名鳥羽ミニエーとも呼ばれる当時国内最新式の鉄砲は、それまでの鉄砲に比べて格段残酷な銃創を作り出したのだそうです。
大きく歪みながら回転して飛ぶ銃弾、弾を覆う劣悪な動物性油脂、それらは被弾した場所を深くえぐり複雑に傷付け、また体の末端であっても非常な高確率で細菌感染を引き起こし、致命傷となったと言います。クリミア戦争の際にも使用された同型の銃はそこにも地獄絵図を繰り広げました。


と、暗い話はそのへんにしておいて。
宮部鼎三が出てますね。宮部鼎三というと……あの池田屋事件の宮部さんですよね? 詳しくはネタバレになるといけないので書きませんけど、そうかー、宮部鼎三かー。
……あれ? 今確認したら宮部さんがキャスト検索に出てこない。。おかしい、確かに見たと思ったのだが。ま、いっか。

しっぺの刑には笑わされました。そういう機転、素敵です^^


さてこれから一年、日曜日にはしなければならないことが二つできました。笑点を見ること、そしてそのまま八重の桜を見ること。これからの八重の桜に期待です♪
リクエストをいただきましたので、天保江戸古地図の画像をアップしますねー。
 
 
 
 
 
 
全体図。ベッドの頭付近の壁に貼ってあります。
 
 
 
 
 
これが会津藩上屋敷(赤マルは私が画像加工)。文字の天地がひっくり返っている理由はよく解りません。
 
 
 
 
 
松平さつまの表記と島津の丸十字。
 
 
 
古地図は見ていて飽きませんね♪
天保年間の江戸古地図写しを購入して部屋に貼っています。
これがまた面白い。

当然江戸城の周囲は徳川一門で囲まれているのですが……御三家御三卿よりもどこよりも上屋敷が江戸城本丸に近いのは松平肥後、つまり会津藩なのです。
また、会津藩中屋敷は濱御殿(=今の浜離宮庭園)の目の前です。どれだけ幕府が会津を大事にしているかがこれからもよく分かりますね。

ぼーっと眺めていると疑問点も。
松平姓が徳川一門なのは周知の事実。しかし島津の丸十字紋と薩摩守の表記のある場所に松平の文字があったのです。松平さつま、と書いてあります。
薩摩は一二を争う有力外様藩のはず、どうして『松平』?

これには大人の事情があるらしい。
必ずしも国と守の名称は一致しないのですが、島津氏が藩主の薩摩はそのまま薩摩守です。なのにどうして松平なのか。

これは徳川幕府安泰の為の根回しなのだそうです。要するに抱き込みですね。危険なものは表面上『身内』にしてしまい、反抗できなくする。まあ薩摩は幕末に思いっきり反旗を翻した訳ですが(^^;

同様に加賀前田氏はじめ複数の藩も松平姓を与えられているそうです。


さて、明日から会津を舞台にしたNHK大河ドラマ『八重の桜』が始まります。会津ラブなので、今年は特に楽しみです♪
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