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エッセイ第一陣。
エセーと表記することもあるが、言葉の響きが嫌。似非ー、てさ。考えすぎでしょうが。


で、惚れる。
一応は恋愛小説書きなので、このテーマから行きましょう。

別にシャベル持ってきたらざっくざくという訳ではないだろう。あ、字が違うか。
ともかく人に惚れるとは何であるのか、今回は考えてみたい。

別段恋愛である必要はない。

何でもいいのだ。思想でも情熱でも優しさでも。
まあこれらは恋愛に直結していようが、私の場合、その人の持つ技量などというものそれ自体にも惚れ込む事が多い。
画家、音楽家、細工師、小説家、役者、各種の深い知識……ともかくそういった何か秀でたものを持つ人物に非常に惹かれる。

当然といえば当然だが、私は特にそういった傾向が強い様に思う。
しかしブランド志向とかそういった話では全くない。華々しく活躍していなくとも良いのだから。

卓越した技能ないし知識を持つ、それは天賦の才でもあろうが、たゆまぬ努力がなければ決してその花は開かない。そこまで達せられた想像を絶する努力にこそ惚れ込むのである。

しかしまあ、芸術系は天与のものがかなり大きな割合を占めるとも実感してはいるが。



こうしてみると、『惚れる』というメカニズムが見えてくる様である。

個人差はあるだろうが、私の場合は相手を認め尊敬し、自分の至らなさを心から素直に受け入れられる様な存在、そんな対象にのめり込むらしい。

だいたい私は冷酷だし我が儘極まりない。
冷酷と言うと否定してくれる心優しき人がいるが、それは実情を知らぬからそう言えるのだ。

私にとって、怒りを爆発させるというのはあまりに非日常である。
だからこそ優しいなどと慰めてくれる人が存在するのだが、この『怒り』、実は私には最上級の執着の表れなのだ。

本気で怒るのは非常なエネルギーを要する。だから普段、私のこの感情スイッチは切られている。
むむう、やめてくれよ……くらいはもちろん思うが、よっぽど疲労困憊していなければスイッチオンにはならないし、大抵はそれを口にもしない。


……という事情なので、ノーマルモードの私にもろに怒りを向けられたらむしろ喜んで欲しいなー。
って、そんな迷惑な
ごめんよ、我が親友よ。。



ちなみに私は結婚するなら着物の似合う人がいい。
物理的にというより、着物の静かな佇まいの似合う殿方が好きだ。
多弁であっても一向に構わないが、着物が喜んで寄り添う、そんな雰囲気を持った人と肩を並べ、同じ景色を眺めながら風を切って共に走りたいと、そうとみに思う、梅の香る頃なのでありました。
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