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今日はとっても真面目なお話を。またもやツイッターの発言に影響されて(笑)


道具として生まれたものは使われてこそその真価を発揮します。もともとその用途で作られたのだから当たり前といえば当たり前ですが、その美しさゆえに、あるいはその価値を愛でるために鑑賞用のコレクションとして生きることとなった道具たちが世の中にはいます。
ヴァイオリンなどはコレクターのもとにある名器が非常に多いのですが、まさに宝の持ち腐れといった感が否めない。まあ鑑賞用の宝という意味では立派に成立しているけれど。

少し話がずれるけれど、グレードアップなどで新しいヴァイオリンと出会うと、どんなにいい楽器であっても弾くとまず、あ、うちの子じゃない、と思います。自分の「匂い=音」がないからですね。だから、例えば全く同じ楽器があったとしても(あり得ないですが)、すぐに自分の楽器が判ると思います。楽器はそのものの持つ本来の音と弾き手の音が混じり合って初めて「楽器」となるのでしょう。また、ヴァイオリンは前の持ち主の音を持ったままの楽器というものが驚くほど多いです。

弾かれてこその楽器という話に戻ると、ほぼ弾かれていないストラドコレクションがあるのだといいます。実際に触れた人によると、製作されてから300年経った今でも生まれたての赤ちゃんなのだとか。しかし経年変化は避けられず、そのまま朽ちていく定めにあるらしい。これぞ持ち腐れの最たるものですね。

鑑賞用ともなりうる道具はしかし使われてこそ。まあ日本刀などは使われちゃ犯罪ですけどね(^^;
こと楽器に関しては秘蔵しているのみではなく、積極的にプロの手に取られるのが楽器として生まれたものの幸せなのではないかなー、と思います……そしてこのところ眠ったままにさせているマイヴァイオリンよ、ごめんなさい。。明日は久々に大学時代の恩師のコンサートです。楽しみ♪
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